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東京地方裁判所 平成7年(合わ)438号 判決 1996年3月27日

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間刑の執行を猶予する。

変造日本銀行券千円札八三枚(平成八年押第一六三号の1ないし11)を没収する。

訴訟費用は被告人に負担させる。

理由

【犯罪事実】

一  被告人は、平成六年一一月二四日ころから同年一二月一一日ころまでの間、東京都品川区《番地略》所在の「ホテル甲野」において、行使の目的で、通用の日本銀行券である真正な千円札を表裏に剥がして二片とし、それぞれ印刷のない片面に白地の和紙を糊で貼りつけるなどして、一見して真券のような外観を有する金額千円の日本銀行券約八三枚(平成八年押第一六三号の1ないし11)を変造した。

二  被告人は、

1  同年一一月三〇日午後八時ころ、東京都港区海岸一丁目三番一号東日本旅客鉄道株式会社浜松町駅南口所在の立ち食いそば「乙山」に設置された自動食券券売機に右変造千円券のうち三枚(同押号の6)を挿入して行使し、

2  同年一二月一日午前零時ころ、東京都台東区上野七丁目一番一号東日本旅客鉄道株式会社上野駅不忍口に設置された自動券売機に右変造千円券のうち四枚(同押号の7)を挿入して行使し、

3  同日午後七時ころ、同所に設置された自動券売機に右変造千円券のうち二枚(同押号の8)を挿入して行使し、

4  同日午後九時過ぎころ、東京都豊島区南池袋一丁目二八番二号東日本旅客鉄道株式会社池袋駅北口及び中央口に設置された自動券売機に右変造千円券のうち三七枚(同押号の9・10)を挿入して行使し、

5  同月三日午後10時過ぎころ、右浜松町駅北口に設置された自動券売機に右変造千円券のうち三〇枚(同押号の1ないし5)を挿入して行使し、

6  同月一三日午後七時ころ、横浜市西区高島二丁目一六番一号東日本旅客鉄道株式会社横浜駅南口に設置された自動券売機に右変造千円券のうち七枚(同押号の11)を挿入して行使した。

【証拠】《略》

【補足説明】

弁護人は、被告人が作成した千円券は、一般人をして真正な通貨と誤信させるに足る外観を備えていないので、被告人の行為は「変造」に当たらず無罪である旨主張する。

確かに、弁護人が主張するように、被告人が作成した本件千円券は、片面のみが真正な図柄を有し、他面には白地の和紙が貼付されており、真正な図柄のある面にも半分に分割された二片を貼り合わせたためつなぎ目があることなどが認められる。

しかしながら、本件千円券を、真正な図柄の面だけを見れば、真正の千円券と何ら異なるところはないのであり、分割された右つなぎ目も一見して明らかとはいえず、和紙が貼られた面の手触りも、真正な千円券と比較して直ちに変造されたものと判るほど奇異な印象を与えるものではない。そうすると、一般人が右の面のみを提示され、若しくは右の面のみが表に出る状態に折り畳まれるなどして示されれば、真正な通貨として誤認する恐れが大きく、このような状態で現に流通する危険性も否定できないところである。

したがって、本件千円券は、通常人が不用意にこれを一見した場合に、真正な銀行券と誤認させる程度の外観を備えていたものと認めることができるから、弁護人の主張には理由がなく、採用することができない。

【法令の適用】

1  罰条

一の通貨変造の点 包括して平成七年法律第九一号による改正前の刑法一四八条一項

二の変造通貨行使の点 1ないし6の各行使の機会毎に包括して同条二項、一項

2  科刑上一罪の処理 同法五四条一項後段、一〇条(通貨変造と1ないし6の各同行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、結局以上を一罪として最も犯情の重い4の同行使の罪の刑で処断)

3  刑種の選択 有期懲役刑を選択

4  刑の執行猶予 同法二五条一項

5  没収 同法一九条一項一号、二項本文

6  訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

【量刑の理由】

本件は、被告人が、株の取引等に失敗してサラ金などからの借金を重ね、その返済に苦慮したことから、判示のとおりの千円券を変造した上、釣り銭を得て借金の返済にあてる目的で、これを自動販売機に挿入して行使したという事案である。被告人は、試行錯誤を繰り返しながら、容易に千円札を表裏に剥がす方法を巧妙に工夫した上、ホテルに宿泊しては一回に数十枚もの変造千円券を作り、これを使える自動販売機を探しては行使していたものであり、被告人の供述によれば、平成六年一〇月上旬ころから同年一二月中旬ころまでの間、約一〇回にわたり数百枚を作り、これを使っていたとのことであり、本件はそのうちの一部であると認められる。もとより、通貨の変造は、経済の混乱を招く恐れすらある重大な犯罪であって手口が模倣される危険も高い上、自動販売機が普及した現在、その機械的判別の盲点をつき、これを誤作動させることにより不正の利得を得ようと企図した本件犯行の反社会性は顕著であり、被告人の刑事責任は重大であると言わざるを得ない。

しかしながら、他方において、被告人が本件により得た利益は、これに費やされた諸々の費用、労力を考慮すると多額とまではいえないこと、本件変造千円券が一旦自動販売機に挿入された後、再び流通に置かれる危険性は比較的少なかったと思われること、本件行使場所である東日本旅客鉄道株式会社及び立ち食いそば「乙山」との間で賠償金を支払い示談が成立していること、被告人は、これまで真面目に勤務し、相応の地位を築いてきたもので、もちろん前科前歴はないこと、本件によりはじめて逮捕・勾留を経験し、また妻との離婚も余儀なくされ、今では深く反省悔悟し、犯行を全て自白した上今後は二度と過ちを繰り返さず、堅実に働いていきたい旨述べていること、父親も母親と共に今後の監督を誓っていることなど、被告人に有利に斟酌すべき事情も少なからず存するところである。

そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告人に対し、主文の刑を量定した上、今回に限り特に刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

(検察官渋谷勇治、国選弁護人佐藤克也各公判出席、求刑懲役三年六月・変造千円札没収)

(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 西本仁久 裁判官 神田大助)

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